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第99回「これが理想の私」]
なかなか深い話題で来ましたな〜今回は。
まぁ、早速話題に乗っかりましょうか。オレがガキの頃は…ホントにコンプレックスの塊で何にしろ人より優れていたものなんかひとつも無い坊やだった。おかげで、「見習いたいな〜」と思う人もいなかったわけではない。だからと言って、近づけようと無理はしなかった。これはまぁオレ自身が努力家ではなかったことも一因とは言えるが、それ以外に理由の無いことではなかった。
なるほど、その人の美点を見出して自分なりに近づけようという努力は時としては大切なことなのかもしれない。が、オレが見習いたいと思うのは身近にいて接してきた人たちのクセなんかじゃなく、古来中国よりたしなまれて来た儒学的挙作だった。それだけ……
オレにとっては人様と自分を比べるということは、無意味でしかなかった。
一つは、それでありのまま自分を変えていってしまう。それらしいものを身に付けたとする。すると、自分っていったい何なんだろう……という自己懐疑に陥ることが一再ではないからだ。他人の長所にばかり目を奪われて小さすぎる自分を愛せない人間がまっとうに生きられるかどうかオレは疑問があってしょうがない。
二つは、これは基本的な認識だ。オレ達みんな自分らしく生きるために社会が成立しているわけで、決して流行り廃りのために社会で生きているわけではないのだ。そんな『デスティニープラン』に同調する意思をオレは本来持ち合わせていないからである。
だからこそ……学校生活を無事に卒業したオレは社会人という荒波ばかりの場所に放り込まれて、自分らしく生きることにしてから数多くの友人を失っていった。誰のせいでもない自分のせいだ。でも後悔はしていない。『これでいいのだ』と思える時もあった。おかげで自分で作り続けた「そのままの自分」がいる。『これでいいのだ』…否!『コレで良かったのだ!』。他人に対してならいざ知らず、オレはオレ自身にとって自分が無価値であることに耐えられなかったんだ……人真似をしてそれで世渡りできるほど、人生は甘くない……